かほりさん

初めてのインド、IIMCとの出会い

私の目的はマザーテレサに会うことだった。もちろんもうこの世にはいない人だが、どうしてもマザーのところに行きたかったのだ。臆病な私は、知り合いのグループがインドに研修視察に行くことを知り、その研修に同行させてもらい、インドへと渡った。そこで私は、一人の医師が始めたIIMCという支援活動に学ぶことができた。

 まず向かったのは病院。そこには受付から病院の外まで長蛇の列ができていた。一定の低料金で診てもらえるため、一般の病院にはいけない人々が集まってきていた。ドクターは海外からきた研修医も活躍していた。患者のなかには、やせた乳児を抱いた幼い母親の姿もあった。看護婦は乳児の発育状態を調べ、母親に育児指導や粉ミルク・食料などを与えていた。ここは病院でもあり、保健センターの役割も兼ねているように思われた。次に向かったのは、学校と児童養護施設。そこにはなぜか銀行もあった。ノーベル平和賞をとったグラミン銀行の話を聞いたことはあったが、ここでは、その銀行と同じことが行われていた。母親たちにお金を融資し、母親自身が商売を始めることで、社会的な自立を目指し、お金は利子付きで返済する。そこには援助を超えた支援活動が進んでいることに感動した。また、母親を対象にしているところに、この国の現状が現れているのだろう。街や道端には男たちが大勢たむろっている。なんの仕事をしているのかはわからないが、明日を悲観している様子はなく、その目にはとても力を感じた。子どもたちも大勢道や広場で遊んでおり、日本ではあまり見かけなくなったと、懐かしく思えた。この国には、ひきこもりという言葉はないのではないだろうか。生きることが当たり前のように思えた。このものすごい数の人々が仕事を持つことができたら、すごい力を発揮することだろう。その他、IIMCの活動には、貧しい子どもたちに学費を海外から援助する制度も行っていた。日本からのグループの一人も援助者の一人だった。考えてみると、日本ではこのようなことは国が行っているが、どの国も福祉政策があるとは限らないことを、日本を離れてみて初めて気づいた。また、それにかかわるすばらしい活動を人たちに出会えてとても幸運であった。

 そして、念願であったマザーテレサの施設でボランティアをすることができた。そこには世界中から集まるボランティアの輪。それこそマザーの力。あなたのまなざしに癒される人々。皆それぞれの思いを持ってここに来ているのだろう。私はなぜこれほどまでにここに来たかったのだろう。インド、ゆっくりと時間が流れていた。人々の力強い目。サリーをまとった美しい女性。今でも目に浮かぶ。

 ブッダはこう説いている。「よりよく生きようと努めないかぎり、この生は苦に終わってしまう」「自分の置かれた条件の中で、どうやったら正しく生きられるか、自他の生を完全なものにできるか」、さらに「きみもブッダ(覚った人)になれる。誰もがそれぞれの道で、悟りにいたるのだ」とさえ、力強く言い残している。私の生きる場所は日本。私に何ができるだろう。何もできないかもしれない。それでもいい。そこに愛があれば。(かほり)2008年5月